困った時の自分用メモ

読んだ本を考察してメモったり、自分でいじった物の感想をメモったりする場。週1更新を目指します。

ゲームエンジニアの話~筆者の10年間の振り返り3「一人前~転機期」~

筆者はゲームエンジニアとして働いている。一般的なレールに沿って、20歳で内定を貰って、そこからずっとゲーム業界でサラリーマンをしている。

このブログに来ている人は、大半はゲームの記事かVRの記事目当てで来ていると思うのであんまり興味ないかもしれないが、近々30歳を迎えるという事で、経歴の整理がてら過去を振り返ってまとめてみる事にする。

【一人前~転機初期期(3年目~3年目途中くらいまで】

重要な事は、人から信頼されるような仕事をしていれば、色々うまく行くようになるという教えを得た事かな。

 

〇その時期の印象的な出来事
一度だけ、先方の人(お偉いさま2名)と弊社部長とサーバーエンジニア1名と、海外展開の話し合いという事で中国出張に行った。

驚いたのは、やっぱり接待ってあるんだなーと思った事。夕食から酒がでて、夕食が終わった後にカラオケ(という名の、クラブ)に連れて行かれた。それを2日続けて、へとへとになって帰ってきたのを憶えている。(営業の人って大変なんだろうな)

 

全裸で床で寝たのと、18時間ぶっ通しで寝たのは、人生の中でも初めての体験だったし、もう二度と体験することはないだろう。

 

そして、また人生が変わる出会いがあった。プランナーとして中途で入ってきた人が居たのだが、その人に何かと面倒を見てもらった。
その際に、プロなら勉強する事の当たり前さと、仕事に対する姿勢のヌルさと、先方から言われた事をこなすだけでなく、きちんと目的(この場合、最終目標は双方納得した上で、きちんと利益に繋げる事)を遂行する為の仕事をしなければならないなど、今までにない価値観を与えてもらった。

この、何かを行うことに対して明確に目的を定めて、さらにそれをするには何を行えばいいかという事を考える事は、今の自分も見失わないように気を付けている大事な事の一つだ。本質を見極めるとも違うが、表面だけではなくて、その裏で本当に必要な事はなんなのか、というのことを考えるようになった。

また、今ではほぼ無意識になってしまっているが、当時自分のスキルの事に少し悩んでいた時期があったが、先輩に「信頼される仕事をするようにしていれば大丈夫」と言われて、諸々自分の中で整理してそれを実行していこうと思った。

 

〇やっていた仕事
運営中のPCMMORPGの開発。特にやる事は変わらなかったが、もう勝手がわかっていたのでそんなに苦ではなかった。大型アップデートの対応もしていた。
この頃から見積もりをしたり、後輩君の作業進捗の確認をしたりしていた。

あと、プランナーの先輩から学んだことを生かして、拙いスケジュール管理の真似事も始めた。このあたりから、スケジュールという物がどのような物なのか、把握できるようになっていった。

まぁ、まだまだ普通に毎日残業1~2時間程度は当たり前でしたね。

 

〇自分のスキルで役にたったこと
必要だと思ったことは、とりあえずやってみようと行動に移せた事。行動力とかいうのかな。
例えば、スケジュール管理なんかも、別に自分一人で勝手にやっている分には、仕事が終わりさえすれば誰も文句は言わないわけで。
後は、大型アップデート後の反省会なんかもやった方がいいんじゃないかなとか思って主催してみたりした。

 

〇仕事で学んだこと
仕事は偉い人のさじ加減で動いているという事。その人が予算を出してくれるから、開発は収入が得られている、みたいな。だから媚を売れとかそういう事ではなくて、そういう事実があるという事を知れた事が単純に経験になった。この思考があるのとないのとでは、今の携わっているプロジェクトに関して、自社の立ち位置や先方の要望をどの程度反映させるのか、意見を言えるのか言えないのか等の背景が見えてくるようになる。

 

後は、プランナーの先輩が教えてくれたように、仕事は与えられた事をこなすだけではなく、一番最善になるにはどのようにしたらいいかを考える事、目的と行動ですね。ただ、それだけに注力してればうまくいくかというと、そうではないというのがこれから先に理解していく事にになる。

 

まぁ、後は自分が正しいと思って改善できそうな事だったら、とりあえず行動に移してみるという事かな。行動を起こさない方がが良くないみたいなところは有りました。

 

また、プログラム側では印象的な事が2つあり、一つが画像データを含め、ファイルはそれ用にフォーマットされたバイト?の並びになっているという事。特に、PNG画像などは、最初の数バイトにフォーマットの情報が記載され、その後のバイトで色情報がRGBAで格納されている事を、バイトエディタで確認出来て、プログラム上でメモリ書き換えて色を変更できた時は、感動した。これは、最近のメモリを直接扱わないでゲームが作れるようになってる人からしたら、馴染みが薄くてピンとこないかもしれない。

 

また、これに関連して仮説を立てながら一つ一つ調査していく事の重要性も学んだのが2個目だ。

 

従事していたプロジェクトの画像は、特別の圧縮をかけていたのだが、そのツールが動かなくなり、急遽作ることになったのだが、仕様書も何も情報がなかったので、プレビューの見た目とメモリ上の情報とプログラム上の読み取り処理から、内容を予測しながら処理を作れた時は、結構すごいことやってるな俺とちょっと自画自賛になった。

 

〇何を考えていたか
・仕事に関して、最善な事をとにかく出来るように考える事。
⇒結果、良くなった部分もあったが、悪くなった部分もあった。

・プライベート
SkypeでLeft4Deadたーのしーーー^p^p^ちゃんと家族サービスもするよぉぉおお

 

〇当時の能力
技術力は大して変わらず。先輩からの教えに沿って、プロジェクトとして何をしたら最善なのかを考えるようになり、行動に移してみるようにはなった。
 

〇勉強していたか
この頃から、自己啓発書の類を読み始めるようになった。
多分、ドラッカーの「プロフェッショナルの条件」だとかに手を出したのもこの時期。
あとは、プログラマーの先輩の進めで、「達人プログラマー」を読んだのもこの時期だったと思う。
 

〇年収
年収月額面約290万。

 

さて、次回は泥沼期をお届け予定です。